映画「サーミの血」は少数民族差別を描いたもので、かなり印象に残りました。

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「サーミの血」は少数民族の迫害がテーマの映画です。

 

日本は民族紛争と無縁だし、多種多様の民族や人種がいるわけでもありません。だから異民族というものに対しての意識は、ふだんから希薄です。

 

だから、「サーミの血」を観る前には、作品の内容がなかなか想像できませんでした。

 

だが、映画を鑑賞した後に、わけのわからない感覚が、じわじわ体の中を充満したのです。

 

とてつもなくインパクトがあったわけでもなく、とてつもなく感動したわけでもない、ただただ、悲しさというか淋しさというか、そういう類の感情がこみ上げてきました。

 

今日は、そんな映画のご紹介です。

 

 

サーミの血の監督、出演者

 

監督・脚本はアマンダ・シェーネル。彼女のお父さんはサーミ人、お母さんはスウェーデン人のハーフ。2006年以降、数本の短編映画を監督を務め、2013年、デンマーク国立映画学校の監督学科を卒業したとのこと。この映画は2016年に公開されました。

 

主演のエレ・マリャ役はレーネ=セシリア・スパルロク。「サーミの血」が映画初出演。ふだんは家族とトナカイの飼育に従事していて、今後映画に出演するかどうかはわからないとのこと。

 

エレ・マリャの妹、ニェンナ役はミーア=エリーカ・スパルロク。マリャ役のレーネ=セシリア・スパルロクとは実の姉妹。南サーミ語を話せる姉妹がいると聞いた監督が2人の起用を決めたそうです。

 

以上が主な登場人物ですが、登場するサーミ人はすべて本当のサーミ人を起用しているとのことで、監督のこだわりぶりがうかがえます。

 

 

「サーミの血」の評価

 

各サイトの評価は以下のとおりです(2017年11月13日現在)。

 

映画.com 3.6

eiga.com

 

Yahoo!映画 3.82

movies.yahoo.co.jp

 

フィルマークス 3.9

filmarks.com

 

全体的な評価はまあまあといった感じ。レビューの中には特に目立って悪い評価はなかったようです。ただ、日本人には民族差別というのがピンとこないのかもしれません。本来、日本にもアイヌ民族のように異なる民族がいるんですけどね。

 

では、著名人の評価を公式サイトから引用したいと思います。

 

カジヒデキ(ミュージシャン)

自分の血とは?ルーツに対する嫌悪と愛情に揺れ動きながら、暗い歴史の不当な差別に負けず、凛とした態度で好奇心旺盛に外の世界へ闘いを挑んでいく主人公エレ・マリャの姿に涙流しながら、大きな勇気と感動を貰いました!北欧の美しい大自然と、30年代のレトロ ・クラシックな都会の人々のコントラストも魅力的な作品!

 

ジャン=ジャック・ベネックス(映画監督)

主演のレーネ=セシリア・スパルロクがスクリーンに現れた瞬間から釘付けになった。ナチュラルでいて、長い演説よりも強烈に人種差別の愚かしさを思わせる。

 

大場正明(映画評論家)

人の営みの根源にあるものを、象徴を駆使して描き出す神話的な物語は、歴史のように時代や時間に縛られない。それは遠い過去であれ現在であれ、営みがあるところに遍在し、私たちにダイレクトに訴えかけてくる。監督は、事実をヒントにそんな神話的な物語を紡ぎ出し、差別にさらされてきたサーミ人の内面の葛藤や痛みを見事に炙り出している。

 

人種差別の愚かさ、差別を受けても負けずに生きるサーミ人のエレ・マリャ。その痛みが著名人のコメントからもうかがえます。 ドキュメント映画ではありませんが、本物のサーミ人を使ったこの映画、とても気になるところですよね。

 

 

そもそもサーミとは

 

公式ホームページによると

サーミは、スカンジナビア半島北部の北極圏を中心に、トナカイ遊牧民として知られる少数先住民族です。

と説明があります。

 

スカンジナビア半島というのは北欧のノルウェイスウェーデンフィンランドがある半島で、サーミ人がいる地域は一般的にラップ・ランドと呼ばれていたそうです。

 

また、サーミの人々の暮らしについてはこのように説明されています。

大きな角のあるトナカイとともに季節ごとに移動しながら、極寒の自然を生き抜いてきました。厚い毛皮をまとったトナカイは極北の寒冷気候にも耐える動物です。人間もその毛をまとい、テントの中にも敷いて暮らしてきました。

 

現在はこの地域は観光地となっているようで、在日スウェーデン大使館公認の観光サイトを覗いて見る限り、この地がとても美しいことが伝わってきます。

letsgo-sweden.com

 

こんなきれいなところであり、福祉大国と言われる国がある北欧でも、つい最近まで少数民族を差別してなんて、驚きですよね。

 

 

「サーミの血」のあらすじ

 

老女クリスティーナが、妹の葬式のため数十年ぶりに帰郷。だが、彼女は同郷の人と目も合わさず、会話もしない。彼女の本当の名はエレ・マリャ。やむを得ず故郷に帰ってきたものの、やはりその場にいることがたまらなくなり、ひとりになります。

 

そして、彼女は少女時代を回想・・・、この話はここから始まる。

 

時は1930年代、場所はスウェーデン北部のラップランド。そこで暮らす先住民族サーミ人は差別的な扱いを受けていました。

 

サーミ人が通るとみんなからジロジロ見られたり、臭いと言われたり、ひどいときは襲われて(となかいにマーキングをするように)耳に傷をつけられたり、今ではあり得ないことだらけ。

 

もっとひどいのは、研究対象として、頭や鼻のサイズを計られたり、写真を撮るために裸にされたり・・・。

 

そんな生活をサーミ人は送っているのです。

 

学校もサーミ語は禁止。エレ・マリャは成績がよかったので進学を希望しましたが、教師は「あなたたちの脳は文明に適応できない」と言う。

 

ここにいては絶望してしまうような毎日を送るエレ・マリャ、しかしある日、スウェーデン人のふりをして夏祭りに忍び込みます。

 

そこで都会的な少年ニクラスと出会って恋に落ちました。

 

トナカイを飼い、テントで暮らす生活から抜け出したいエレ。とうとう家を出てしまいます。向かうはニクラスのいる街へ・・・。

 

 

「サーミの血」感想

 

終始、重苦しい気持ちで映画を観ていました。

 

少数民族だからという理由だけで、変な目で見られ、臭いと言われ、自分の行きたい学校へ進学もできず、嫌がらせも受ける ・・・、そんなことがあっていいのかということばかり。

 

主人公エレ・マリャはサーミの血が流れている自分を嫌います。それは当然でしょう。

 

でも、そのことが知られると、今度は同じサーミ人から嫌がられます。

 

サーミ人のいる集落を抜け出して街に行っても、サーミの人だということが知られれば、やはり変な目で見られ、自分のルーツを隠さなければいけませんでした。

 

もはや、一生、自分の血に呪われたようなものです。

 

だから妹が亡くなって故郷に帰ってきても、誰とも話したくなかったし気分も悪かったのでしょう。

 

だが、しかし、妹の死に顔を見た後、自分が暮らした集落に戻ったエレ・マリャ。最後の最後に見せたあの表情。あれはなんだったんでしょうね。

 

故郷を捨てた後悔か、それとも自分はやっぱりサーミの血が流れていたんだという自覚か、なにかはわかりませんが、ものすごい表情をしていました。私の印象に残ったシーンは、やはり最後のシーンです。

 

あのシーンがあったから、「サーミの血」は傑作だと言えると私は思います。

 

 

まとめ

 

この映画は、少数民族迫害をテーマにしているものであり、世界のどこに行ってもこういう問題を抱えていることを考えると、みんなに観てもらいたい作品だと言えます。

 

また、現代社会のマイノリティは民族だけでなく、ジェンダーの問題もあります。そういった方々への差別が行われていることも合わせて思い出すべきかなぁと思ったりもしました。

 

とにかく、このブログを読んだ方には、この映画を観てもらいたいところです。